任意後見制度と家族信託(民事信託)
意思判断能力がなくなると、預金が凍結されたり、不動産の売買ができなくなったりします。そこで、このような事態に備えて成年後見制度が創設され、その一つに任意後見という制度があります。
任意後見とは、認知症などで意思判断能力が失われた場合に備えて、財産管理(預貯金、不動産など)や身上監護(本人の生活や健康・療養に関する支援)をする人を、あらかじめ「契約」で定めておくもので、ここ数年で利用が増加しています。
成年後見制度は、高齢者の意思決定の尊重という考え方のもと、1999年の民法改正と介護保険法の制定とともに2000年から施行されました。
成年後見制度には、法定後見と前述のような任意後見と2つありますが、法定後見は家庭裁判所への申立てによって後見人が選ばれます。申立の際には、身近な親族を候補者にすることもあるのですが、必ずしも親族が選ばれるわけではなく、家庭裁判所が選任することがあります。
家庭裁判所が後見人を選任すると、ご家庭の財産管理に弁護士や司法書士といった見知らぬ人が関与することになり、「融通が利かずに苦労した」「家族のことに知らない人が入ってきて嫌な思いをした」といったこともあります(法定後見制度にも利点がたくさんありますが、本稿では省略します)。
任意後見では、信頼できる家族や親族を後見人として選ぶことができるので、この点が法定後見との大きな違いです。高齢化社会から高齢社会、超高齢社会という社会的背景も踏まえると、ここ数年で増えてきたのもうなずけます。
では、任意後見契約でなんでも解決できるかというと、現状手が行き届かない点もあります。例えば、任意後見契約は、本人が元気で意思判断能力が低下しないうちは開始できません。また、任意後見契約の場合、多くは任意後見監督人という人の監督下で財産管理や身上監護を行うことがあります。さらに、任意後見監督人を選任すると、月額2万円くらいの報酬が発生し、法定後見と同様、全く知らない専門家や家庭裁判所がご家庭に入り込んでくることになります。
そこで、近年注目を集めはじめたのが、家族信託(民事信託)です。
家族信託とは、財産を持っている人(委託者)が、信頼できる人(受託者)に財産を託して、利益を受ける人(受益者)のために受託者の判断で管理・処分できるよう契約を結んで行う財産管理の仕組みです。
任意後見契約でも、後見人の権限を自由に決めておくことはできますが、本人を不利益から守るため必要最低限の権限しか決められないのが原則です。
他方、家族信託では、相続税対策や不動産の売却、アパートや貸家など収益不動産の修繕等多額の費用がかかるものの契約を正式な権限を持つ受託者の判断で行うことができます。
また、意思判断能力が低下しないと開始できない任意後見と異なり、家族信託では、契約した時点から効力が生じ、遺言の代わりとなる機能や二次相続、三次相続の際の財産の承継先など自由に決めることができます。
しかし、家族信託も万能では有りません。成年後見制度に代表的な身上監護はなく、代理人になれるわけではありません。法定後見人にはある取消権といった権限もありません。
このような仕組みの違いを利用し、「うちは家族信託だけでいいかな」「任意後見と家族信託両方しようかな」などのご希望やご家庭の環境に応じて支援をしております。
任意後見制度を利用しようか……と悩んだとき、家族信託という手法もあるのだということを選択肢の一つに加えてみてもいいかもしれません。